今日は本郷町観光協会の研修会です。
小早川隆景が11歳で養子となった竹原小早川家の木村城を訪れました。

急峻な山肌は2年前の豪雨で崩れ,直下の和賀神社(隆景神社)は被災したままです。残念。

500年前の道は途中不明で急な小道を登ります。
林内の低木は伐採されていました。保存会の皆様有り難う御座います。
こんな険しい山に城を作り,井戸を掘り,生活するなんて,本当に家来たちの苦労が偲ばれます。
その後,家来が住んでいた里の屋敷跡を見学しました。

石垣の両端には警備の館跡も残っていました。
平穏な時期には,殿も里で暮らしていたのではないでしょうか。
続いて竹原小早川家代々の墓地を訪れます。

多くの五輪塔や宝篋印塔が並んでいますが,草刈りもされず転倒した物も多く,手入れが追い付いていないようでした。
戦国武将として人気の小早川隆景ゆかりの遺跡は,三原市と竹原市の愛好家住民が連携して整備できれば,訪れる人も増えるのではないでしょうか。
もしもし,ドーイックさんですか。お世話になります。
御朱印を頂きたいのですが,よろしいですか。
それではこれから準備いたしますので,1時間後にお越しください。
有り難う御座います。
ということで,高さ340mの白滝山に軽トラで向かいました。
夕暮れの龍泉寺も落ち着いていて,いい感じです。

囲炉裏には古びた鉄瓶が掛けてあります。いいですねえ。
皆さんに褒めて頂きます。実はオークションです。さびさびで苦労しました。
すばらしい。私も探してみます。
今年も正月の参拝は多かったですね。御朱印希望は少しです。
ああ,これですね。とてもいいです。他にないです。代金は?

決めていません。お気持ちを賽銭箱に。
お金儲けではない。そのお気持ちが温かい。
感謝の心で500円を投げました。
ここに来るたび,心が洗われます。
有り難う御座いました。
今日は新高山城の歴史研修会です。朝から会員が集まりました。
800年前に高山城が出来て,500年前に新高山城が出来ました。


断崖の上に立つこの城跡は日本3大山城とも言われています。

300人以上の生活を支えるため,釣井の段には多くの井戸が残っています。
今日は紅葉がきれいでした。
春には樹齢400年を超える隆景桜を初め,多くの自生するエドヒガン桜が咲き誇ります。
毛利元就が夜桜を楽しんだのは,この桜が見える中の段だったかも。

この後は詰の丸から瀬戸内海までの景色を楽しみました。

最近,御城印の効果もあって登山客が増えてきました。
重要な遺跡は保存しながらも,年々悪くなる景観を早急に整備できればと思いました。
今日は大阪から古墳ツアーの団体さんです。2日間で福山,三次,西条を巡り,最後に本郷を選んで下さいました。

ここ本郷には,県内最大級の梅木平古墳や県内最古の横見廃寺跡が在ります。

梅木平古墳の上の梅慶庵には,横見廃寺から移されたと思われる平安時代の仏像2体が安置されています。

石室の高さはなんと最高4.2m。当時の繁栄と人々の苦労が偲ばれます。
地元の方々が草刈りをして下さるので,田舎道でも気持ちよく散策できました。
大型バスが入らないところは,時間がないので軽自動車や軽トラックで繰り返し送迎しました。
最後は大学教授の解説で,大和と安芸本郷の強いつながりを教えて頂き,私たちも大変勉強になりました。
小さな古墳の里ですが,1番良かった,と皆さん喜んでくださいました。
人生経験多い年配の方が多く,私たちとの触れ合いが1番印象に残られたようです。
ネットで検索していると,20mで2000円。ヤッス。ということで,衝動買いしたものの電源がないのでモバイルバッテリーを使うことにしました。

タイマーで16時から18時に設定したので,3日に1度充電します。
通学途中の子供たちも,気付いてくれるかな。
お陰様で,辨海神社の参拝者は増えました。
が,ここが本当に辨海神社なのか判らない。由緒も判らない。
ということで,扁額と縁起板を企てました。
扁額は納屋に積んであった70年前の松の板にします。かんなで削るとピカピカによみがえりました。
ペンキで書いて額を付けると,しっかりとした扁額が出来ました。

縁起は,10年前に伐採し板に引いたものの,使い道無く薪にしようと思っていたクヌギの板です。これもまた,かんなで削ったところ見事に復活し利用することになりました。
ペンキで書いてニスで仕上げました。まあまあかな。
